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礼拝説教
主日礼拝の説教を公開しております


十字架の言葉
2026 年 4 月 19 日 主日礼拝説教 山本 精一 聖書 コリントの信徒への手紙 一 第 1 章 18~25 節 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 それは、こう書いてあるからです。 「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、 賢い者の賢さを意味のないものにする。」 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
7月14日


十字架と復活
2026 年 4 月 5 日 イースター礼拝説教 山本 精一 聖書 ローマの信徒への手紙 第 4 章 24b~25 節 わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。 ローマの信徒への手紙 第 5 章 8 節 しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。 二月半ばから始まった本年の受難節(レント)の時期、この講壇では、ヨハネによる福音書中に書き記されているイエスの告別説教を二回にわたって見て参りました。その告別説教の中でイエスは、驚くべきことに、 「今、世を去って、父のもとに行く。」 (ヨハネ福音書 16:28) という言葉を語っていました。そこでは、われわれが通常「世を去って」と言う場合とは根本的に異なった事が語られています。というのも、それは、われわれにははかり知れない、いやそれどころかわれわれの想像を絶した言葉、
7月14日


ゲッセマネの祈り
2026年3月29日 主日礼拝説教 飯島 信 聖書 マルコによる福音書 第 14 章 32~42 節 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」 それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。 誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」 更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた
6月26日


復活についての問答
2026年2月22日 主日礼拝説教 金山弥平 聖書 マタイによる福音書 第22章23~33節 その同じ日、復活はないと言っているサドカイ派の人々が、イエスに近寄って来て尋ねた。「先生、モーセは言っています。『ある人が子がなくて死んだ場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。さて、わたしたちのところに、七人の兄弟がいました。長男は妻を迎えましたが死に、跡継ぎがなかったので、その妻を弟に残しました。次男も三男も、ついに七人とも同じようになりました。最後にその女も死にました。すると復活の時、その女は七人のうちのだれの妻になるのでしょうか。皆その女を妻にしたのです。」イエスはお答えになった。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。復活の時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。死者の復活については、神があなたたちに言われた言葉を読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。」群衆はこれを聞いて
6月15日


いかに幸いなことか
2026年1月11日 主日礼拝説教 片柳榮一 聖書 詩編 第1編1~6節 いかに幸いなことか 神に逆らう者の計らいに従って歩まず 罪ある者の道にとどまらず 傲慢な者と共に座らず 主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。 その人は流れのほとりに植えられた木。 ときが巡り来れば実を結び 葉もしおれることがない。 その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。 神に逆らう者はそうではない。 彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。 神に逆らう者は裁きに堪えず 罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。 神に従う人の道を主は知っていてくださる。 神に逆らう者の道は滅びに至る。 新しい年を私たちは迎えています。この新しい年を象徴するような出来事がヴェネズエラで起きました。2年前アメリカ大統領選挙の最中に、アメリカの高名な経済学者が、自分たちはトランプが返り咲くのを阻止するために、死に物狂いの戦いをしているのだと語っていました。トランプ再選が意味することの深刻な影響を見据えたその憂いを帯びた言葉をあらためて思い起こしています。今年が、ヒトラーが台頭した1933年の再
6月3日


汝らが暫く受難(くるしみ)をうくる後
2026年1月4日 主日礼拝説教 山本 精一 聖書 ペトロの手紙一 第5章8~11節 身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。 信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているので す。それはあなたがたも知っているとおりです。 しかし、あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神御自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。 力が世々限りなく神にありますように、アーメン。 クリスマスの恩寵のうちに年を越し、2026年の第一主日を迎えました。しかしながら、歯止めを完全に失った国家暴力、そしてそれがもたらす限りのない人間破壊と環境破壊。そこから噴出している重畳(ちょうじょう)たる闇が、既にして、この年の始まりを暗く覆っています。そして、この恐ろしい破局的状況(カタストロフ
6月2日


わたしの魂は主をあがめ
2025年11月30日主日礼拝説教 片柳榮一 聖書ルカによる福音書第1 章46~56 節 マリアの賛歌 そこで、マリアは言った。 「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。 身分の低い、この主のはしためにも 目を留めてくださったからです。 今から後、いつの世の人も わたしを幸いな者と言うでしょう、 力ある方が、 わたしに偉大なことをなさいましたから。 その御名は尊く、 その憐れみは代々に限りなく、 主を畏れる者に及びます。 主はその腕で力を振るい、 思い上がる者を打ち散らし、 権力ある者をその座から引き降ろし、 身分の低い者を高く上げ、 飢えた人を良い物で満たし、 富める者を空腹のまま追い返されます。 その僕イスラエルを受け入れて、 憐れみをお忘れになりません、 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。 今日から教会暦ではアドヴェント、待降節に入ります。そして教会暦では、この時を 持って新しい年のはじ
1月2日
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