ゲッセマネの祈り
- 6月26日
- 読了時間: 13分
2026年3月29日 主日礼拝説教 飯島 信
聖書 マルコによる福音書 第 14 章 32~42 節
一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」 それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。 誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」 更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。 イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。 立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」
お早うございます。
3月29日、受難節第 6 主日、キリスト教の暦では棕梠の主日です。イエス様が、十字架が待つエルサレムへ入城する時を迎えました。旧約のゼカリヤ書9章9節の預言を成就すべく、又平和の象徴であるロバに乗ってイエス様は入城します。
娘シオンよ、大いに踊れ。
娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、勝利を与えられた者
高ぶることなく、ろばに乗って来る
雌ろばの子であるろばに乗って。
そして人々は、まさしく王を迎えるように棕梠の枝を道に敷き、崇敬の言葉であるホサナ、即ち今救い給えを叫びながらイエス様を迎えます。
今朝の説教では、三つのことをお話したいと思います。第一に、ゲッセマネの祈りについてです。第二に、つい数週間前に小高・浪江で経験したことです。そして、第三に、沖縄で起きた平和教育の心痛む事故についてです。この三つの出来事において、私たちキリスト者にとって神を信じるとはどのようなことかをご一緒に考えてみたいと思います。
以上のこととも関連するのですが、私が敬愛してやまない片柳さんから、この間、何度“暗がり”と言う言葉を聞いたか分かりません。片柳さんが現実社会に向き合う嘘偽りのない誠実な姿勢、そして、かつて国内外の国々が踏み誤って来た歴史への洞察から、 “暗がり”と言う言葉が繰り返し語られているのだと思いました。
それと同時に、ヨハネによる福音書記者が第 1 章冒頭で記す暗闇に輝く光とは、この時代、私たちにとってどのような意味を持つかを考えるのです。ウクライナ、ガザ、イランを例に出すまでもなく、ロシア、イスラエル、アメリカの凶暴な力が世を覆う中で、世界は確かに暗く、私たちはそのただ中に生きています。しかし、暗闇に輝く光はすでに訪れたとの証言がなされている今、私たちキリストの救いを信じる者として、この証言をどのように受け止め、今、この時を生きるのかが問われているのを覚えるのです。
歴史において、どれほどの暴虐の嵐が吹き荒れようとも、事実として光は暗闇に輝いている。その消息を、イエス様のゲッセマネの祈りに尋ね求めたいと思います。32 節です。
32 一同がゲッセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
寝食を共にして過ごし、愛してやまなかった弟子たちとの最後の晩餐を終え、イスカリオテのユダが出て行った後、残った十一人の弟子と共にイエス様は祈りの場へと向かいます。ユダの裏切りが心に深く重くのしかかり、傷心の心を抱えつつ、祈りの場を求めてのことでした。
ゲッセマネと言うのは、ヘブライ語で「油しぼり」を意味し、この場所は、元はオリブ山の麓にあったオリーブの農園でした。そして、日ごろ、イエス様が祈りの場として用いていた場所でもあり、最後の祈りの場としてここを選んだのです。
イエス様は、自分が祈っている間、弟子たちに座っているように命じます。そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネと言う、三人の弟子だけを連れて祈りの場へと向かいます。この三人は、弟子たちの中でも特にその行動が記録されています。ペトロは言うに及ばず、ヤコブにしてもヨハネにしても、イエス様が何か重要な業を行う時は、常にこの三人を伴いました。つまり、弟子たちの中でも、イエス様の信頼が篤い者たちでした。
ところが、祈り始めた時、イエス様は尋常ではない様子を示します。33、34 節です。
33 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、
34 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」
マルコは、この時の様子を、「ひどく恐れてもだえ始め」、「わたしは死ぬばかりに悲しい」と言ったと記しています。ペトロをして、「あなたは神の子キリストです」と言わしめ、数々の力ある業を行ったあのイエス様とは到底思えない、一人の人間として死を恐れる姿が描かれるのです。さらに、その死を恐れ慄く弱さは、35 節、36 節前半にまで続きます。
35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、
36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。」
ここでのイエス様は、私たちが知っている神様からあらゆる権威と力が与えられているイエス様ではありません。当時、祈りは立って行うにもかかわらず、座るどころか、地面にひれ伏してまで祈るその姿は、どこにでもいる人としての弱さを抱えるイエス様です。
一人の人間として十字架の現実を突きつけられた時、その残酷さの極みの故に、全うな神経を保つことなど出来るはずもありません。「この杯を取りのけてください」との言葉に込められた願いが、どれほど真剣かつ切実なものであったかを思い知らされるのです。
つまり、この場面から私たちが知らされるのは、人間イエスの姿です。全き神の子であり、同時に全き人間であるイエスです。苦き杯を差し出されるイエスは、全き人間として、その苦しみの極みにまで追いやられ、恐怖のどん底にまで陥れられるのです。
しかし、イエス様の祈りはこれで終わりませんでした。必死の思いで「この杯を取りのけてください」と祈りつつ、次の言葉が続きます。「しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」
あれほど恐怖に怯えていたイエス様です。神様に対して、「あなたは何でもおできになる。そうであればこの杯を取りのけて欲しい」とつい今まで願っていたイエス様です。そのイエス様がそれまでの願いを打ち消すように祈るのです。「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と。
なぜ、このような祈りの劇的な方向転換がなされたのでしょうか?
一体、イエス様の心の裡に何が起きたのでしょうか?
ここでの祈りの方向転換、実はそこにこそ、私たちに信仰とは何かが示されます。
それは、人生の主語、言葉を換えて言うならば、己の命の主語をどこに置くかと言う問題です。自分の側に置くのか、それとも神の側に置くのかと言う問題です。「この杯を取りのけてください」。この祈りは、苦しみからの解放を求める私の祈りです。自分に固執し、命の主語を自分に置き、願いを語る祈りです。しかし、主語を神様に置く時、その祈りからは自分の願いは消え去り、ただ神様の御心に適うことを求める祈りに変わるのです。
この時、問わなければならないことがあります。命の主語が、自分ではなく、神様になることがどのようにして可能であるのかです。一体、私たち人間の側に、そのようなことが出来るのかと言う問題です。
この問題を正面に据えつつ、この春、私が経験したことをお話しします。それは、国内外の深い闇を覚えるただ中で、私の心の裡に明るい光が差し込むのを覚えた時でした。
3 月12日(木)から 14日(土)にかけて、ICU 宗務部主催で17名の ICU 生と1名の青山学院生が浪江と小高にやって来ました。牧師の北中晶子先生の呼びかけに応えて、ボランティアでワークをする学生たちでした。12 日は、開会礼拝の後、幾つものグループに分かれ、浪江伝道所の会堂・牧師館の掃除や不要物の片付けに入りました。翌13日は、朝食を終えて浪江から小高に移動し、午前中の学びを終えた後、午後に小高伝道所の大掃除と書類の仕分け作業を行ったのです。
浪江では、2007年 5 月に伝道所が閉鎖されてから 19年ぶりの、小高では 3・11以来 15年ぶりの大掃除でした。19年です、そして 15年です。長い長い年月、浪江伝道所は宣教の困難と原発による被災の故に 19年間、小高伝道所は 3・11 による原発被災の故に15年間、会堂も牧師館も人の手が入らず暗がりの中に置かれていました。
学生たちの働きは素晴らしいものでした。18名のその力は、例えば 3・11以来時が止まり、食器棚が倒れたまま割れたガラスが散乱していた浪江伝道所の牧師館の台所や、小動物によって踏み荒らされた牧師の執務室を片付け、かつての姿を伻らせました。小高伝道所では、眠っていた大量の書類の仕分け作業によって、3・11以前の伝道所の歴史が目に見える物となったのです。どんなに頑張っても、私一人では決して出来ない作業でした。
彼らの働きを目の当たりにしながら、一体浪江で、小高で、何が起きているのかと思いました。ワークは私が依頼したわけではありません。北中先生からの一方的な申し出でした。昨年一度小高、浪江を訪れ、その現実に触れた先生が学生を呼び集め、行動を起こされたのです。
ワークが終わり、最終日の、一人ひとりが感想を述べる振り返りの時でした。私の心の裡に、ぽっと光が灯されたのを感じたのです。廃墟と呼ばれていた浪江伝道所、又 3・11以降放置されていた小高伝道所、この二つの伝道所の建物の隅々にまで雑巾がけをする人の温もりが入ったその時、命の息吹が吹き込まれ、伻ったのを感じたのです。それは、神様の約束を、神が彼等を用いて成された業であることを覚えた瞬間でした。
今、国内外において、世の暗さは否定することは出来ません。しかし、どんなに暗くとも、キリストによって灯された命の光は、世の暗闇で輝きます。18名の学生たち、そして北中牧師は、浪江と小高の両伝道所にとって、暗闇を照らす光として輝きました。そして今、私たちに問われているのは、私たち自身が心の裡に平和を生み出し、その平和を隣り人と分かち合い、光の業を造り出す者となることです。暗闇に命の光を灯し、輝かせるのです。自分の担う業が光の業であるのかどうか、そのことを自分で判断することは出来ません。ただ、そのことを信じて行う時、御心に適う業であるなら、神様ご自身が栄光を現わして下さいます。
聖書に戻ります。37 節以下ですが、私たちの現実が赤裸々に記されます。37、38 節。
37 それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。
38 誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」
イエスの一人の人間としての苦しみに、最も信頼する三人の弟子の一人としてその苦しみに寄り添える者はいませんでした。「心は燃えても、肉体は弱い」との言葉は、彼らを叱責する言葉ではなく、孤独と悲しみを裡に秘めた言葉です。39、40 節。
39 更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。
40 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。
一度促されても、二度まで眠ってしまった弟子たちは、弁明する言葉を持ち合わせませんでした。ただ黙って、寄り添えずにいる自分たちの現実に向き合う以外になかったのです。そして、41、42 節です。
41 イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。
もうこれでいい。時が来た。人の子は罪びとたちの手に引き渡される。
42 立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」
「もうこれでいい。」
ついに、ただ一人で、神様から差し出されたその杯を飲み干す以外にありませんでした。ペトロ、ヤコブ、ヨハネ · · · · · ·。信頼した弟子の誰一人として、イエスの苦しみ、悲しみ、恐れと慄きに寄り添う者はいなかったのです。一人でのみ重荷を背負うこと、それが神様の御心であったと知ったイエス様の言葉、それが「もうこれでいい」であり、「時が来た。人の子は罪びとたちの手に引き渡される」でした。そして、神様によって与えられた最後の使命を引き負う言葉、それが「立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た」
です。
イエス様の孤独を思います。十一人の弟子たちからも突き放され、罪人たちの手に落ちるのです。一人、底知れぬ恐怖と暗闇のただ中に置かれつつ、それでもなお、「立て、行こう」と言わしめ、立ち上がらせたものは何か、それは神様に対する服従、死を打ち破る復活の約束への信頼でした。その約束を信じ得たからこそ、十字架に向かい、出発したのです。
神様の約束。私たちにとってのそれは、漆黒の闇を貫いて私たちにすでに届けられている命の光です。
同志社国際高校の沖縄平和学習の際に起きた事故について触れます。
ニュースの第一報を知った時、まず何よりも、私は生徒のご両親の悲しみを思いました。何をもってしても取り返しがつかず、慰めようもない悲しみです。17 歳まで一生懸命に育て、これから花開こうとする時に、突然奪われた彼女の命であり、人生でした。そしてこの時、ウクライナで、ガザで、イランで、世界各地の紛争の地で、突然の悲しみと絶望、やり場のない怒りに身を震わせている人々がどれほど多くいるかをも思わずにはいられませんでした。
次に思ったのは、沖縄平和教育が受けるダメージでした。ここぞとばかり、平和教育への攻撃が始まり、その力は増すことはあっても衰えることはないと思いました。そして、攻撃の対象は、沖縄に限らず、広島など全ての平和教育に広がって行くように思いました。
そして、三点目です。今回の事件で私たちが問わなければならないことが隠されてしまうことへの懸念です。今回の平和教育を実施するにあたって、安全に関わる高校側の厳しい検証も、船を出した側の厳しい検証も必要です。同時に、今回のことで重要な点は、生徒たちが見学しようとした名護市辺野古の大浦湾埋め立て工事の正当性の問題です。何度も何度も沖縄県民の埋め立てに反対する民意が明らかにされたにもかかわらず、一顧だにせず、工事を強行し続ける日本政府も又問われなければならないと思うのです。
こうした、国内外の状況を見極めつつも、それでは私たちはどこに立ち、いずこに向かって歩みを進めたら良いのでしょうか。
私たちの進む道、それは、神様の約束を信じ、世の光としての業を担う者となることです。それぞれに神様が準備されている道を聖霊の導きによって見出し、与えられた命の時を歩む者となることです。教会に呼び集められた私たちは、隣り人の重荷を分かち合い、互いにその荷を少しでも軽くする交わりを造り出したいと願います。そして、この交わりから新たな力を得て、神様の命じる地へと出て行こうではありませんか。
祈りましょう。




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