top of page

十字架の言葉

  • 4 日前
  • 読了時間: 19分

2026 年 4 月 19 日 主日礼拝説教 山本 精一



聖書  コリントの信徒への手紙 一 第 1 章 18~25 節

十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 それは、こう書いてあるからです。

「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、

賢い者の賢さを意味のないものにする。」

知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、

わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。


 十字架上で無力の極みのうちに死なれたキリスト。そのキリストが、神によって甦らされた。この復活の音信(イースター)の絶大な恵みの余韻のなかで、今朝は、ただいま司会者にお読み頂いたコリント前書第一章の中に記されている一つの言葉、何よりもそこでパウロが明確にそして強調して語っている「十字架の言葉」ということに心を向けて参りたいと思います。


 その際、初めに、今この時代を席捲(せっけん)する破壊的な言葉たちのことを顧みておきたいと思います。先ず、この時代に破局と荒廃をもたらしている侵略戦争国家群の権力者たちが、しかし何一つ恥じることなく発している、醜悪な自己正当化の言葉、あるいは他国・他民族・批判者たちに対する傲慢(ごうまん)で敵愾心に満ちた言葉、さらには、そのような権力者たちの言葉に追従・迎合し、逆に批判者たちを寄ってたかって嘲罵(ちょうば)し叩きのめそうとする煽情的な言葉、さらには自分に都合のよい情報にのみ飛びつく者たちによって、その真偽すら定かにされぬまま拡散されていく言葉。その結果、世に乱舞する、名も顔も不明な悪意に満ちた言葉。そのような言葉たちに、われわれは今、好むと好まざるとに関わらず、四囲を取り囲まれています。そしてそのような言葉の土砂降りのなかで、一人一人の視界は気づくよりも先に遮(さえぎ)られていることしばしばです。

そうしたなかで、それら膨大な情報(ことば)のなかに片手一つでアクセスし、次から次へとちょっと見をしては掃き捨てていく。そのような仕方で、情報の濁流に自ら浸かっていく所作(ふるまい)が至るところで常態化しています。とはいえ、それは私の限られた視野のなかで目につくことを主にした観察ですので、これを直ちには一般化はできません。しかし恐らくこうした情報の大量消費大量廃棄傾向は、国の内外を問わず今や全世界的な動向だと言っても過言ではないでしょう。それは、情報が徹底的に商品化されていくことと足並みを揃えて生じている事態でもあります。そうした事態に、幼い子どもたちから老人に至るまでが、日夜晒(さら)されています。それは裏を返せば、このスマホ支配の時代の流れで起きていることに対して、われわれが集団的に無感覚(慣れっこ)になってきていることと一対の事態でもあります。


 今の世に溢れ返る、人心をかくもお手軽に操作・誘導・支配し、さらに場合によっては恐ろしいほどに踏みにじる言葉の氾濫のなかで、ペトロ前書中にある「あなたがたの敵である悪魔が」、世と人とをおのが意のままにしようと「ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っている」(ペトロ前書 5:8)との言葉をこの時代状況のなかで読むとき、それは、ほぼ二千年の時の隔たりを越えた問いかけの言葉となって響いてきます。そのとき、そこでの出だしの一句「身を慎んで目を覚ましていよ」とは、われわれがいま、あらためて静まって聞くべき言葉なのだと思います。それはこの時代の激浪のなかで、あるいは情報の猛烈な消費速度のなかで、少しでも正気であらんとする戦いの起点として、心に刻まねばならない言葉です。


 「迷わす言葉」「試みる言葉」が、終日終夜現れては消え、消えては現れるわれわれの時代のなかにあって、しかしだからこそ、この時代の真暗な炭鉱の坑道のなかで発せられるカナリアたちの声に目を覚まされたいとの願いには切なるものがあります。そのような尊いカナリアたちの声のなかからごく一部のことではありますが、さしあたり心に留まった短歌二つと俳句一つを挙げておきたいと思います。


ことだまの軽き国かや恥ぢもせず

 日ごとに変はるトランプの言(赤井 友洸)


言葉って疚しいときは長くなる

 「殺傷能力ある装備品」(塚本 恭子)


戦争が続く限りは春じゃない(十亀 弘史)


 何れもごく最近の新聞の短歌・俳句欄に選者によって選び出されていた、敬すべき市井の人々の歌句です。一番目は、米国大統領トランプの言葉、二番目は現在の日本国首相高市早苗の言葉、その彼らの言葉に関する歌であることは申すまでもありません。そして三番目は、春到来を待ちわびている人が、しかしその春到来への喜び、春憧(しゅんしょう)という自然の情(こころばえ)に抗してまでも、あるいはそれ以上に吟じずにはいられなかった、われわれの時代の、われわれの世界の厖大な戦争犠牲者への悼みを心に刻む、絶唱にして挽歌とも言うべき一句です。


 「恥ぢもせず」発せられる、「戦争を続ける」ための言葉。それとまったく足並みを揃えて「恥ぢもせず」発せられる、「戦争をできる国」にするための長々しい目眩(くら)ましの言葉。そしてそれらの言葉に擦り寄り、その権力者たちを担ぎ上げて、わっせわっせと各方面から上げられてくるあの手この手の追従(ついしょう)の言葉。

 しかしそれらに対して、先のカナリアの歌は、今まさしく正義をあからさまに蹂躙する国家群によって、不正と苦難の極限状況のなかに投げ込まれ、命を踏みにじられ続けている人々、住まうところを、人間として生きることの一切を、組織的な国家暴力によって徹底的に剥奪されている無数の犠牲者がいるという世界の現実(パレスチナ・レバノン・ウクライナ・イラン)をここ日本において感知して歌われています。私は、そのようなカナリアの歌の呼びかけにこそ、はっと正気づけられます。


 キリストの復活とは、まさしくこれら暴虐の言葉、今この世を支配している者たちの発する言葉からの不退転にして決定的な解放と覚醒と救いをもたらす言葉、すなわち世の支配的な言葉とは根本的に異なった言葉、それどころか「世に勝利する」(ヨハネ福音書16:33)言葉を、まったく新たにわれわれに、そしてこの世にもたらした出来事でありました。パウロの今朝の言葉もまた、その解放と覚醒と救いの消息と深く通じています。それゆえそれは、まったくもって世には属していない言葉、その意味でわれわれにとって衝撃的な言葉です。


 パウロという人は、何よりも、イエス復活の証人でありました。しかしその彼は自他ともに認めるように、肉のイエスにはついぞ会うことのなかった人でした。その点に限って言うならば、彼は、肉のイエスに関して、われわれとまったく同じところに立っています。


 その彼が復活のキリストとの邂逅(かいこう)以前、世にあって見聞きしたのは、十字架に架けられて殺された、呪われし一人の人間を、あろうことか、救い主として信じると命懸けで公言する人々の、小さなしかし喜びと確信に満ちた群れが出現したということでした。それは、イエスの復活信仰に根本から生かされ、かつまた律法からの解放を生きそしてそれを告げたイエスの福音に新たに生かされていった人々でありました。そのようにして彼らは、新たな信に生き、頌(ほ)め歌を歌いつつ祈りと働きと頒かち合いの共同生活を送る人々でした。しかしながら、そうであればあるほど、熱烈なる律法原理主義者たる若きパウロからすれば、それは、見過ごすことのできない不埒有害な集団であり、それがゆえに放置しておくことのできない者たちでありました。なぜなら、彼にとってその群れは、許しがたき背信の徒、ユダヤの正統信仰からの唾棄すべき逸脱者の集団だったからです。


 パウロは、これらの人々の動静を、先ずは、ユダヤ教正統派の仲間たちから聞き知ったのでしょう。しかしその時点でただちに、彼は「何事ぞ」とみるみる血相を変えて、この不埒有害な弱小集団について伝えられてくることに耳を聳(そばだ)てたはずです。このような背信者がこれ以上増え拡がることを何としても食い止めねばならない。その危機意識と一体となった防衛意識がユダヤ教主流派の間で昂揚(こうよう)するなか、彼もまた、程なくして、そのキリストへの信を公言する人々に対するあからさまな迫害者の一人となっていきます。じっさい彼は、持ち前の激しい気性のもと、この人々のことを蛇蝎(だかつ)の如く忌み嫌い蔑(さげす)み迫害していきました。

 しかしその彼に、復活のイエスが現れ(啓示され)ます(参・ガラテヤ書 1:12「わたしはこの福音を · · · · · · イエス・キリストの啓示によって知らされた」)。すなわち彼は、自らの迫害行為のただ中で、甦りのイエスが彼に「啓示される」という決定的な経験をします。それは、彼にとっては、徹底的に受動的な経験でした。言い換えれば、パウロが望んだ経験などではまったくありませんでした。むしろ、彼の意にまったく反して、彼に一方的に臨んできた啓示(現われ)の経験でした、そしてそれによって、彼の生涯は、それ以前とそれ以後とに二分されます。


 ここにはパウロにとっての復活のキリストとの「出会い」の原風景とも言うべきものが、一切の件々(くだくだ)しい説明抜きに出現しています。それは、パウロが何ほどかでも自分で呼び寄せたようなものではまったくありませんでした。しかし同時にその出来事の根底には、パウロ自身も気づかない仕方で、彼自身のある深い渇き、あるいは求めがあったようにも思われます。すなわち、その渇き、求めというものは、彼自身によっては確かに当初は明確には自覚されていなかったことでしょう。しかしキリストへの信を迫害のなかで一点の曇りもなく公言する人々に対して自分が加えた暴虐、そしてそのなかで息絶えていった彼らの面差し、それら迫害における自他に関する生々しい記憶が、感受性の鋭い彼の魂の奥底に刻み込まれ、それが、彼の内に赫々(あかあか)とした熾火(おきび)となって、自分でも説明のつかない心の深い揺らぎあるいは名状しがたい渇きを彼にもたらしていたのではないでしょうか。私には、その可能性は相当に大なるものであったと思えます。

 何れにしろそこで何よりも大切なことは、彼はその熾火のように彼の内奥で燻(くすぶり)り燃える自らの迫害者としての蛮行の一切を不都合な真実として都合よく揉み消さなかったという一点にあります。いやそもそも自分に対して隠そうとしても隠し得なかったというのが、実相に近いのかもしれません。しかし同時に、この時すでに復活のイエスが、これら殉教者たちの最期の姿そのものによって、パウロの魂の奥底に手を伸ばしていた。私にはそう思えてなりません。


 こうしてパウロは、復活のキリストとの出会いを、その魂の最深部で経験させられます。パウロは、ロマ書の中で、「罪が支払う報酬としての死」(6:23)という驚くべき洞察を述べています。しかし、いきなりこの言葉を読むと、率直に言って、面喰うしかありません。

 しかし、それは決して罪と死についての小難しい理屈でもなければ、難解高尚な教義(ドーグマ)などでも決してなく、むしろこの言葉の根底には、迫害者パウロの身を切り裂くような罪責経験がどくどくと脈打っている、その意味でパウロ自身の経験に徹底的に即して語られている言葉だと言わねばなりません。その迫害経験の渦中で起きたキリストの啓示こそが、パウロにここでこの言葉を語らしめています。それゆえ、その罪と死についての洞察は、教科書的な教えとして語られているのではなく、彼自身の人生経験と切り離しがたく結びついて、そこから湧き出てきているものなのだと思います。


 そこでパウロが語っている死とは、第一義的には、生物学上の死ということではありません。もう一歩突っ込んで言うならば、それよりもはるかに深刻重大な問題として受けとめられています。すなわち、罪に罪を増し加え、しかもそのことにいつしか麻痺しさえして自ら罪の奴隷と化している、その自分自身の救い難い悲惨そのものとして経験されています。しかも、パウロにとってその死からの脱出は、そのようにしていま死んでいる自分にはどうあがいても何一つ叶わないものでありました。そのようにして、生きている者の最も深いところを支配している罪の現実、それによってその人を根本的に無力にしている罪の現実、その現実のすべてが、罪が支払わねばならない代価(みかえり)としての死に他ならない。その洞察を、パウロはわが事として胸打ち震わせて語っています。そのような罪責の自覚と告白のなかから、この言葉は語り出されています。


 このパウロの言葉が、パウロ自身のそうした人生の実験をかいくぐって発せられてきている身体的な言葉であるからには、それをさも分かった風を装って解説したところで、正直なところそのような装いの言葉には何の意味もありません。むしろすぐには呑み込めない、腑に落ちないということを、パウロに向かって、聖書に向かってぶつけることこそが大切です。

 しかしその事を逆に言えば、この言葉は、われわれ自身、自らの人生の破れのただなかでこそ確かめられるべき言葉として、真珠貝の硬く閉じた貝殻のなかに宿る真珠の粒のごとき言葉なのだと思います。その貝殻を開くもの、それは罪に支配された私自身の力によってこじ開けられるようなものでは決してなく、キリストがわれわれのために、この私のために死なれたという十字架の出来事のもとに立ったときに初めて、震撼とともに啓き示されてくるものなのだと思います。そのようなときを、今は腑に落ちぬとも、パウロ、そして誰よりもキリストの十字架の御姿を慕い仰ぎつつ、自らの経験のなかで祈って待つということが、まことに大切なのだと思います。


 ただし、パウロは、復活のキリスト経験というものについて、それが時の終わりと密接に関わっているという終末の意識、世の終わりという意識を明確にもっていました。その終末の接近という迫りのもとで、「待ったなし」で復活のキリストに「然り」と言って従うのか、それとも「否」と言っておさらばするのか、その一度きりの審問のときが迫っているということを、自身徹底的に自覚していた人でありました(「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である」コリント後書 6:2(協会訳))。そして、このパウロの言葉のなかにはっきりと示されているように、その救いの事実は万人に向かって与えられているものでありました。

 それゆえ、復活のキリストとともに新たに生き始めるということは、われわれが「今」や「待ったなし」というところ(とき)に立たされているということに覚醒しそれを受け容れるということと一心同体となった出来事です。それゆえこのパウロのキリスト復活証言を受けるか否かは、なあなあの一時凌ぎでのらりくらりと先延ばしにすることのできるようなものではありません。パウロは、この絶大な宝をなぜ「今」このとき受けぬのかと、復活のキリストに現われたる神の愛のうちで真剣に迫っているからです。

 それでものらりくらりと決断の時を後まわしにし続けると言うのならば、われわれは、神によるイエス復活の話をパウロから聞いたあのアテネのアレオパゴスに集った賢人たちを自らの鑑(かがみ)とすることになります。(「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑いそれについては、いずれまた聞かせてもらうことにしようと言った。それで、パウロはその場を立ち去った」(使徒言行録 17:32~33))。パウロにとって復活という出来事は、絶大な恵みを宿した「待ったなし」の厳しさ、あるいは、人間の知性を突き破って迫る厳しさを宿した絶大な恵み、すなわち「高価な恵み」に他なりませんでした。その恵みは、貝のなかの真珠、琥珀の中の虫のような、比類なく尊い恵みです。


 こうして、イエスの十字架と復活という出来事が、パウロにとってどれほど決定的にして重みと意味を持っていたのか、その事を心に銘記しつつ、今朝の箇所を読んで参りたいと思います。


18 節の直前でパウロは次のように語っています。

なぜなら、キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからである。 (1:17)

 彼は、この 17 節以前のところで、自分は誰から洗礼を受けたのかということで競い合っているコリントの教会の内情を、憂いと痛みをもって駁撃(ばくげき)しています。そこにはキリストそっちのけで、誰それの先生筋の人間的権威にあやかって、何かしら自分に箔をつけようとしたがる、われわれの心根というものが剥き出しになっています。

 しかもそのような権威主義への誘惑は、「洗礼」という営み(サクラメント)のなかにさえ秘かに忍び込んでくるというのです。それゆえパウロは、ここで「洗礼」というものを一旦は絶対ならざるものとして相対化しています。しかしその根底には、彼の強烈な召命・使命(ミッション)意識があります。それを示しているのが「福音を告げ知らせる(エウアンゲリゼスタイ)」という言葉です。しかもこの場合の「福音」とは、直後を見れば明らかなように、「キリストの十字架」を告げ知らせるということに他なりませんでした。パウロにとって、「キリストの十字架を告げ知らせる」ことこそが、「福音を告げ知らせる」ということの核心をなすものであったからです。


 その上で彼はその事を「言葉の知恵によらないで」と続けています。ここから以下のところでは、「言葉」と「知恵」の問題が前面に打ち出されてきます。その事の背景には、この書簡の宛先であるコリントの教会の人々が、この「言葉」と「知恵」の問題に関して深刻な動揺と誘惑のうちにあったという事情が存していました。

 当時、コリントという繁栄した一大商業都市には、地中海域諸地方から、様々な知恵を高額な金銭と引き換えに教授する知恵の教師たちがたくさん集まって来ていました。20節に記されている「知恵のある人」「学者(=律法学者)」、「世の論客」とは、例えば深遠な知識を伝授することを売り物にした教師であり、あるいはユダヤの律法についての該博な学識を具えた律法学者たちの事を指しています。そして何よりもコリントの教会の信徒たちは、こうした世の様々な知者たちにめくるめく魅了されていました。


 パウロはここで、そうしたコリントの教会の状況に切り込むようにして語り始めます。


十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です。 (18)


 必要なことは、この一文のうちにすべて言い尽くされています。特にこの初めの一文については、あえて直訳をしておこうと思います。

それゆえ、その言葉、すなわち、他でもないその十字架の言葉とは、· · · · · ·。


 これは、決して滑らかな文章ではありません。しかし文としてぎこちなくなっても、あえてこのように記すという行き方をとっています。それが言わんとしていることとは、言葉は言葉でも、他のいかなる言葉にも代えられない言葉、それこそが十字架の言葉であるということに他なりません。そしてそのことを強調するべく、このような言い方をしています。

 世にはなるほど知恵の言葉が溢れている。そしてその言葉にあなたがたは終始心動かされ、心迷わされてもいる。しかし私は、それら溢れかえるこの世の知恵を誇る何れの言葉とも決定的に異なっているその(the)十字架の言葉を、あなたがたに何としても語り伝えねばならない。それは、唯一無二の「言葉」だ。それほどまでに言葉中の言葉、それが、キリストの「十字架の言葉」なのだ。その言葉をあなたがたに語る。パウロは 23 節で


わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。


と、鮮烈に宣言しています。それすなわち、キリストの死を宣べ伝えるということに他なりません。そして「キリストの死」とは、パウロにとって、われわれが知っているいかなる死のすがたとも決定的に異なっているものでありました。その事をロマ書でパウロは以下のように語っています。


しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださった。 (ロマ 5:8)


 この言葉は、まさしく今朝取り上げた「十字架の言葉」の内容そのものです。さすれば、「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださった」という言葉こそが、「滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」と言われていることの内実をなしています。


 パウロにとって復活信仰とは、彼の生死を分かつものでありました。すなわち古きわれの罪に死んで、復活の主の「いのちのいのち」のうちに新たに生きるという、決定的な出来事でありました。そしてそれが、彼の生涯を貫いていきます。しかしそれは、決して何か型に嵌った硬直した経験ではありませんでした。世という場所で「宣教の愚かさ」に徹していかんとするとき、パウロは、そしてわれわれは、絶えず各自、世の問題と向き合い、それに正しく応答していかなければなりません。そのとき、「宣教の愚かさ」は、工夫と学びと祈りというものを必須不可欠のものとします。コリントという大都市にあって、パウロが世の言葉、世の知恵と対峙していったそのやり取りの跡を辿る時、私はパウロの復活経験の、その時代における真剣誠実な展開(証し)の一断面を見ずにはいられません。

キリストの復活に与るとは、そのキリストの復活の出来事がかけがえのない一回的決定的なものである以上、われわれにおいても一回的決定的な出来事として受け入れるか否かを迫ってくるものです。のらりくらりと「いつかまた」といった調子で語られているのではないのです。


 パウロの「十字架の言葉」の宣教の根底にある復活経験は、確かに彼の生涯を一本の赤い糸で貫く、一回的な出来事でありました。しかし同時に、世にある限り世の側からの挑み、時代の挑戦に対して、その十字架の言葉の一点に立って、孜々(しし)として応じていくものでもありました。そのことを通して、彼の復活経験は、具体的な問題と格闘するなかで、厚みと苦難と出会いと交わりを一層に増していきます。それは、われわれに対しても、復活経験に与るということの広やかさを示しています。罪のなかに死んでいた者が、今やキリストの十字架と復活によって「神の力」に生かされて、かつまた時の終わりを見据えつつ、今この時、世の挑みに毅然と、しかし同時に柔軟さをもって対峙していく歩みを工夫する。そのような「宣教の愚かさ」に生きていく。それは何よりも、われわれ一人一人が復活のいのちをどのように生きるのかと励ましつつ問いかけ、そしてそのことによって一人一人をその人ならではのユニークで自由な生き方へと豊かに解放し、そして何よりもそのような生き方へと招いている絶大なる恵みの出来事であるということに、今この時この世界のなかで、感謝と畏れを深くしつつ、「十字架の言葉」を胸に新たに刻みたいと思います。

 
 
 

コメント


bottom of page